信州駒ヶ根の昔ばなし
早太郎
(社)駒ヶ根青年会議所/作
駒ヶ根市保育協会民話グループ/作
むかーし むかし
いまから七百年ほど むかしのこと 駒ケ岳にいた 山犬が 光前寺の えんのしたで
かわいい かわいい 子犬を 五ひき うみました。
和尚さんは たべものを 運んでやって 「山に帰るときは 一ぴき おいていって
おくれやえ」 と 母犬に たのみました。
ある日 母犬は 一ぴきの 子犬をおいて 山へ 帰りました。
「そうか そうか おまえは このお寺に のこるように いわれたんじゃな」と いって
和尚さんは 子犬の 頭を なでてやりました。
子犬が “風”みたいに はやく かけまわるのを みて 和尚さんは “早太郎”という
名前を つけてやりました。
やがて 早太郎は くまや いのしし にもまけない りっぱな 犬に なりました。
それから 何年かたった ある日のこと 一実坊という 旅の坊さんが 遠くから 光前寺を
たずねてきました。
「わたしは 遠州で とても悲しい 祭りを 見たのです。それは 白羽の矢が たった家では
祭りの日に むすめを 白木のはこへ 入れて お宮に そなえなければなりません。
そうしないと せっかく 実った 田んぼや 畑の 作物が ひとばんのうちに 何ものかに
あらされて しまうのです。
わたしは 祭りの夜 かくれて ようすを 見ていました。 すると ばけものたちが 出てきて
『こよいこんばん おるまいな 信州信濃の早太郎 このことばかりは しらせるな 早太郎には
知らせるな』 『おらんぞ おらんぞ くるもんか』 と 歌いながら むすめを わしづかみにすると
さっと 消えて いきました。 わたしは それを見て 早太郎を さがす旅に 出たのです。
信濃の国を たずね歩きましたが 早太郎という人は 見つからず とほうに くれていました。
この村まできて、村人から 光前寺に 早太郎という犬が いることを 聞きました。
人だとばかり 思っていた 早太郎は 犬だったのです。 どうか 早太郎を かして下さい」
と一実坊は 和尚さんに いっしょうけんめい たのみました。
それを 聞いた 和尚さんは たいそう きのどくに思い 早太郎に いいました。
「早太郎 おまえ 行って 助けて あげなさい」
横にすわっていた 早太郎は むねをはって 「ワン」と 返事をしました。
次の日の朝 和尚さんに 見送られて 一実坊と 早太郎は 天竜川ぞいを いそいで 遠州へ
向かいました。 何日も ねずに 村についたときは ちょうど 祭りの日でした。
人身御供になる むすめの家には 村人が 集まり なげき 悲しんで いました。
「むすめのかわりに この早太郎を はこに いれなさい」 と 一実坊が 声をかけました。
「この犬が 本当に わたしを 助けて くれるのだろうか」 むすめは 心配しました。
「また 田んぼや 畑が あらされないだろうか。」 村人たちは 不安でした。
夕方になると 早太郎をいれた はこは 村人に かつがれ お宮に 運ばれました。
やがて 真夜中になりました。 なまぐさい風とともに 「ドシン ドシン」と大きな 足音が
近づいてきました。
ばけものたちは 歌いながら はこのまわりを おどりはじめました。
「こよいこんばん おるまいな 信州信濃の早太郎 このことばかりは しらせるな
早太郎には しらせるな」 「おらんぞ おらんぞ くるもんか」
「こよいこんばん おるまいな 信州信濃の早太郎 このことばかりは しらせるな
早太郎には しらせるな」 「おらんぞ おらんぞ くるもんか」
そのばけものたちの 大きな口は 耳まで さけ 目は まっかに もえ つめは するどく
とがっていました。 それから ばけものたちは あたりを 見まわして にんまり わらい
「どれどれ むすめを いただくか」 ふたを あけたとたん 待ちかまえていた
早太郎は 「ウォッ」ととびかかった。
「ウワアッ 早太郎だ」
「ガォーッ ガォーッ」」
「ウォーッ ウォーッ」
早太郎と ばけものたちの たたかいが はじまった。 さけび声は あたりの 山々に
ひびきわたり 村人たちは そのおそろしさに ひとばんじゅう ふるえていました。
あたりは シーンと しずまりかえり やがて 夜が あけました。村人たちが おそるおそる
お宮へ いってみると そこには 三びきの 年とった 大きなヒヒが たおれていました。
「こいつらが わしのむすめを くったのか」 前の年に むすめを 人身御供にだした 村人が
なきくずれました。 「わしらは このばけものを 神様と 思っていたのか。」 村人たちは
つぎつぎと おどろきと にくしみの声を あげました。
そのとき 「早太郎がおらぬ 早太郎がおらぬ みなのしゅう 早太郎を さがして くだされ」
と 一実坊がさけんだ。 でも 早太郎の すがたは どこにも みえませんでした。
そのころ 早太郎は 生まれ育った 信濃の国へ向かって きずついたからだを 引きずり
よろめきながら 歩いていました。 やっとの思いで 光前寺まで たどりつきました。
和尚さんに だかれた早太郎は 「ワン」 と ひとこえ ほえると 静かに 息をひきとりました。
ばけものと たたかった 早太郎は 『霊犬早太郎』 といわれ いまでも みんなの心の中に
いきつづけているそうな。